だいさく NOSAI獣医日記

強みをみつけ、チャレンジを与えられる獣医でありたい

稟告を聴取するためには?

稟告を聴取することは、診断する上で欠かすことができない手順の一つです。今回、「稟告をどうしたら聴取できるのか。」を考える機会がありましたので、私自身の経験や書籍を参考に、現時点の私の考えを残してみました。

この問いに特に悩みを持っているのは、経験の浅い若い獣医師の方かと想像します。私も新人時代、先輩獣医師に「農家さんと何を話せばよいか、どう話をすれば良いかが悩みなんです」と話していたとのことで、気持ちはすごく理解できます。一生懸命診療を行えば信頼を得ることができる!と私自身は意識し仕事を続けてきてそれなりに信頼を得られたと思っていましたが、その姿勢だけでは稟告をしっかりと聴取することができる、までには至らないと私は思います。稟告を聴取するためには、「質問力」を鍛える努力が必要であると私は思ってきました。例えば、信頼関係のある(と思っているのは私だけかもしれませんが・・・)家族においても、質問により対話して初めてお互いを知って理解することができることは多いです。しかし、質問をたくさんすれば、普段のコミュニケーションや信頼関係も良好かといえば、そうは言い切れないとも思います。質問の仕方が大事になります。

 つまり、稟告をしっかりと聴取できるようになるためには、普段の信頼関係構築を意識し、その意識をもって質問力を鍛え続けることが診断し適切な対応をするために非常に大切なことである、と私は考えます。

 ここから具体的な質問の仕方について説明していきます。私は、獣医師10年目くらいの時に出会った斎藤孝さんの著書の「質問力」に登場する座標軸を意識して質問の言葉を考えるように努めています。

図1をご覧ください。稟告聴取の基本中の基本は、「農家さんも話したい、自分も知りたい」ことを質問することで、右上の「ストライクゾーン」に当てはまると思います。自分が聞きたいことだけを聞くだけではありません。農家さんの話したい事、気になること、関心を推し測り、自分の関心と擦り合わせて行わる質問がこのゾーンです。農家さんの関心を上手に呼び出す、掘り起こす質問は、農家さんに寄り沿う質問であり、これを引き出せれば非常に親密なコミュニケーションに繋がります。農家さんの心に寄り添い、一番心の負担になっている部分を分かち合いたいという方向性で質問を考えます。具体的には、普段から聴く項目を決めておくために、ヒアリングシートを作成しておきます。いわゆる問診票です。一般的な問診票だと自分が聞きたいことだけなので、それに追加してそれぞれの農家さんの関心事を話してもらうように質問を考えます。

図1 質問の座標軸

 ここで「関心事を話してもらう」について、私が習慣的に行っている事は、家さんが何に詳しいのか、農家さんの専門性を普段から意識して見抜き、その分野について事前に勉強しておくことで、自分を農家さんの専門性に近づけ、農家さんに教えてもらう気持ちで質問していきます。専門分野なので、本当に多くのことを話してくれます。そうすると、私個人では探しきれなかった牛の症状や病歴に気づくことができ、より確かな診断に近づけることが多いです。獣医療の教科書ばかり勉強するのではなく、畜産や酪農の情報、はたまた農家さんが興味のある趣味について勉強するなど、少しでも農家さんと自分のつながりを作る「努力」が大事だと思います。

 他の具体的な質問の仕方の一つとして、変化について聞くことは非常に有用な稟告を聴取できます。以前と今でどう違うのかを「比較した」質問は多くの農家さんがよく答えてくれます。今の症状を聴取することも大事ですが、この症状が出てきた経緯について聞いた方が得ることが多いのではと私は実感しています。

 しかしながら、このように、右上のストライクゾーンで稟告を聴取しようと思ってはいるものの、気が付くと左上の一方的に知りたいことだけを聞く質問になって農家さんが話す雰囲気を作れていないことが私は良くあります。ここは「子供ゾーン」と言われています。特に忙しい日と気持ちがいら立っている日です。このような状況では、自分軸で話が回ってしまいますので、獣医師自身が考える、思いつくことしか話題に上がらないため、患畜の情報収集に漏れがでてしまう可能性があります。そうならないために、何とか自制し、農家さんに話してもらうことを意識しています。私の獣医師人生では、これをやってしまった時が、診療後の車の中で最も後悔してしまう瞬間です。何年経ったも子供ゾーンに入ってしまう瞬間の自分がいます。

一方、右下の「大人ゾーン」の質問について説明します。自分は関心がなくても農家さんが関心を持っていればそこを掘り下げるように質問してより農家さん側に寄り添います。雑談に近いかと思います。正直なところ、これができるかできないかが、獣医療以前に社会の中で自分自身が充実して生きていけるかに密接に繋がり、できないと獣医療すらも満足に発揮できないまま毎日が過ぎてしまうと私は感じます。農家さんの中には今日会う人が、私が最初で最後かもしれない、という方もいらっしゃいます。なので、話したい方が中にはいらっしゃいます。そういう時は、今の時代では効率は悪いかもしれませんが、中長期的にお互いに効果がしっかりでると私は思っています。さらに、この大人ゾーンでは、自分では関心も無かった故に思いもしなかったことを農家さんから教えて頂いたことが本当に多いです。しかし、だからと言って、このゾーンばかりの質問をする習慣がつくと、それは「おべっかゾーン」といいうことになり、稟告を聴取するという本質からずれていきますので注意も必要です。

また、左下の「相手は話したくない、自分も知りたいとは思わない」ことは、私は正直話さないし聞かないようにしています。

つまりまとめますと、農家さんから稟告を聴取するためには、質問の座標軸を意識して、「ストライクゾーン」を中心に「大人ゾーン」を入れていくように心がけて質問を進めて対話を進めていくと、多くの有用な情報を聴取し患畜の状態のより良い診察に繋がり、診断や農家さんの問題解決により近づけると私は思います。また、これを習慣化すると農家さんとのコミュニケーションも深めることができ信頼関係構築にも繋がると私は思います。

本内容が、稟告を聴取するために悩んでいる獣医師の先生方に少しでも参考になれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございます。