2年前に以下の記事を書きました。
daisaku-nosai-hokkaido.hatenablog.com
このPG-PG-GnRHショートシンク法は乳牛の繁殖管理において非常に有用な定時授精法と今でも思いますが、最近の文献を読んでいると、間違いがあることに気づかされ、もしかしたら改良できるポイントがあることも見えてきました。
私は今まで、PG→PG→GnRHショートシンク法は、第1卵胞ウェーブのステージにいると判断した場合は投与を避け、第2卵胞ウェーブ時でのみ行う方が良い、と考えていましたが、それが変わりそうです。
定時授精のタイミングを早めれば受胎率が向上する可能性がある、ということです。
キーワードは、卵子と精子が出逢い受精するタイミングを適切にする、ことです。
つまり、卵子が排卵するころには精子が受精能をすでに獲得していることが重要ということです。
この話を進めるにあたって、過去の文献から次の7つを意識していただければ有難いです。
①卵胞ウェーブ(第1ウェーブなのか第2ウェーブなのか)
②EB(安息香酸エストラジオール)投与からエストラジオール濃度がピークに達するまでの時間:約6時間
③エストラジオール濃度がピークに達してからLHサージまでの時間:約13時間
④LHサージから排卵するまでの時間:約25〜30時間
⑤EB投与から排卵までの時間:約43~50時間
⑦精子の受精能力獲得まで要する時間:約8-10時間
これら7つを使って、考えていこうと思います。
まずは、文献紹介です。
第1卵胞ウェーブの主席卵胞は、まだ黄体形成期なので低いP4濃度下で卵胞が育つためLHの影響をより受けやすく、第2卵胞ウェーブの主席卵胞よりも発育が早いことが報告されています。2021年のBisinottoらの報告では、第1第2それぞれ、新しい卵胞ウェーブが出現して6日目でPGを開始するように想定されて前処置されていました。そのような前処置をうけた後の第1卵胞ウェーブの牛に対してPGを投与すると、約半数の牛がPG投与24時間後という早い段階でエストラジオール濃度がピークに達してしまう結果でした。しかしながら、第2卵胞ウェーブでは、ピークは早まることはなく、PG投与56時間後にピークを迎えていました。
しかしながら授精17日目での受胎率は第1第2で差はなかったとのことです。
この文献情報を利用することで、万代先生の博士論文で報告されているPG-GnRHショートシンク法を考えてみました。
10mm以上卵胞が1個持っている牛は第1卵胞ウェーブの可能性が高いことが報告されています。それを利用して、第1ウェーブと想定した場合、GnRH投与から16-20時間後に人工授精(受胎率23.1%)を行うよりも、GnRHと同時に人工授精を早めに行った方(受胎率:61.1%)が受胎率が大幅に改善することを示されました。
Bisinottoらの報告と合わせて考慮すると、精子が受精能獲得する前に排卵してしまう牛がいるため、それを回避するために授精をGnRHと同時に行ったことが受胎率向上につながったと考えられました。
ここで、自分が利用しているPG→PG→GnRHショートシンクではどうか、考えてみました。
もしも、第1卵胞ウェーブでPG→PG→GnRHを開始すると、精子が受精能獲得する前に排卵する牛が半数ほどいる可能性があることが想像されます。
さらに第1卵胞ウェーブで授精に向かったとしても、私の研究(上記にある添付記事)では19%の受胎率と非常に低い結果でした。
この受胎率の低さを大学の繁殖の先生と議論したところ、「授精前に排卵している牛がいるかもよ」と教えていただきましたが、その可能性は非常に高いかもしれません。
それゆえ、タイミングを調整するために、PG開始から56時間後にGnRHと同時に定時人工授精を行えば、受胎率が向上するかもと、新しい考えを持っている最中です。
参考文献含め、これまでの報告を加味すると、個人的には、
第1卵胞ウェーブと判断したらGnRHと同時に定時授精、
第2卵胞ウェーブと判断したなら今まで通り(まだ改良の余地があります)
が良いかもと思っています。
私は、PGF2αはジノプロストを使用することが多く、ジノプロストは2日連続投与を行ってきました。
しかしながら、PGF2αとしてクロプロステノールを使用し、さらに倍量投与を行えば、2回ではなく1回投与でも良いとの報告もあることから、これまでは最大4回牛を保定しなければならなかったのですが、それを2回にすることができるとも期待しています。
今回は排卵促進剤としてGnRHを利用した場合での話でしたが、EBを排卵促進剤で利用する場合もあります。様々なパターンを知っておくだけでも、新しいアイデアが浮かぶかもしれませんので、参考にしていただければ幸いです。
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本内容の考察は、現時点ではまだ仮説の段階ですので、どこかでまとめられれば良いなと思っています😊
最後までお読みいただきありがとうございます。
参考文献
- J.N.S. Sales, J.B.P. Carvalho, G.A. Crepald. Effects of two estradiol esters (benzoate and cypionate) on the induction of synchronized ovulations in Bos indicus cows
submitted to a timed artificial insemination protocol. Theriogenology
2012, 78, 510–516. - G.A. Crepaldi, J.N.S. Sales, R.W. Girotto. Effect of induction of ovulation with estradiol benzoate at P4 device removal on ovulation rate and fertility in Bos indicus cows submitted to a TAI protocol. Anim Reprod Sci, 2019, 209, 106141.
- G. Uslenghi, A. Vater, S. Rodríguez Aguilar. Effect of estradiol cypionate and GnRH treatment on plasma estradiol-17β concentrations, synchronization of ovulation and on pregnancy rates in suckled beef cows treated with FTAI-based protocols. Reprod Dom Anim, 2016, 51, 693–699.
- A. C. O. Evans, P. O'Keeffe, M. Mihm. Effect of oestradiol benzoate given after prostaglandin at two stages of follicle wave development on oestrus synchronisation, the LH surge and ovulation in heifers. Anim Reprod Sci, 2003, 76, 13-23.
- J. Saumande, P. Humblot. The variability in the interval between estrus and ovulation in cattle and its determinants, Anim Reprod Sci, 2005, 85, 171-82
- Ryotaro Miura, Shingo Haneda and Motozumi Matsui. Ovulation of the preovulatory follicle originating from the first-wave dominant follicle leads to formation of an active corpus luteum. J Reprod Deve, 61, 4, 2015.
- R. S. Bisinotto, E. S. Ribeiro, L. F. Greco. Effects of progesterone concentrations and follicular wave during growth of the ovulatory follicle on conceptus and endometrial transcriptome in dairy cows. JDS, 2021, 105, 889-903
- 万代一翔 乳牛の定時人工授精プログラムの改良に関する研究 北里大学大学院 学位論文
- T. Minela, A. Santos, E. J. Schuurmans. The effect of a double dose of cloprostenol sodium on luteal blood flow and pregnancy rates per artificial insemination in lactating dairy cows. J. Dairy Sci. 2021, 104:12105–12116.