ホルモン剤を用いて人工授精をほぼ100%行う方法として、以前にPG → 24時間後PG → 約32から34時間後(次の日の夕方)GnRH →16-20時間後定時授精、のショートシンク法を紹介しました。
daisaku-nosai-hokkaido.hatenablog.com
今日は、PGからのショートシンク法ですが、PG投与した後が少し異なる方法を紹介します。
(引用元)
PG → 24時間後EB → 24-28時間後定時授精
というショートシンク法についての文献です。EBとは安息香酸エストラジオールのことです。
最初に 結論 です。
2産以上で、排卵誘起にはGnRHよりも EB を投与した方が 受胎率が高い。
内容について、説明します。
(対象牛)
- 13農場、年間平均乳量が8300㎏の搾乳牛
- 舎飼いタイストール。
- 分娩後発情を示さない、また妊娠診断で陰性。
- 発情徴候を示した場合は、そこから10日以上あける。
- 出血を確認した場合は、7日以上あける。
- ホルモン処置を受けている場合は21日以上あける。
- 大事なのが、投与時の卵巣所見。
20㎜以上の黄体が少なくても1つ以上かつ8~20㎜の卵胞を少なくても1つ以上持っている。
(投与プログラム)
以下にように、EB群とGnRH群で比較検討されています。投与量は、PG : ジノプロスト 25mg・クロプロステノール 0.15mg、EB : 安息香酸エストラジオール 2mg、GnRH : 酢酸フェルチレリン 100μg
(結果)
処置開始時の搾乳日数は55~378日。
平均産次は2.5±1.3(範囲1~6回)。
授精回数は2/3が既に1回授精済みのため平均授精回数は1.2±1.5(SD)回(範囲1~7回)。
問題の受胎率ですが、以下の結果でした。
ジノプロストの64.5%にはびっくりしました!と同時にGnRH群の受胎率の低さにもびっくりしました。
次に、多変量解析を用いて受胎率を比較しています。
本研究ではPGを2種類(ジノプロスト、D-クロプロステノール)使っていますが、PGの種類による受胎率への影響はなかったとのことです。また2産以上の牛で効果がでました。
さらに、多変量解析を用いて受胎率を比較されていました。EB投与群が56.6%と搾乳牛では非常に高い受胎率でした。しかしながら、個人的にはGnRHの受胎率が29.8%とちょっと寂しく、この低い原因は何なのかと疑問に感じました。
(考察)
なぜ、EBを投与した方が受胎率が高かったについて、キーワードが2つあります。
➀ 排卵前期間におけるエストラジオールの感作が、胚の発育、子宮内での付着を維持するのに必要な点
② 小さい主席卵胞が排卵した場合、排卵前期間においてエストラジオールを補給すると受胎率が向上する点
特に②について参考文献が紹介されています。
経産肉牛ですが、7日間CIDRコシンクにおける定時授精時の卵胞サイズと受胎率の関係においてです(Jinks 2013)。
定時授精1日前にエストラジオールを追加投与(この文献ではECPがエストラジオールに相当します)すると、12.2mm未満の小さい卵胞をもった牛では受胎率が向上したという報告です。
Bandai先生の本論文では、発情周期のステージを特定しないでPG-EBショートシンクを開始されているので、主席卵胞の発育がピークに達する前の早い段階で投与されている可能性が十二分に考えられます。そのような牛に対して、EBによるエストラジオールの感作は有効であるのかなと想像しました。個人的にすごく興味がある点でした。
筆頭者のBandai先生に直接お話を聞いたところ、今わかる範囲では、PG投与時に10mm以上の主席卵胞が1つでも2つでも受胎率が約50%と変わらないと教えていただきました。その理由は先生もまだ調査中とのことです。
牛の繁殖効率を上げる発情同期化には様々な方法がありますが、どれを使うかは自由で正解はないと思います。全部知らなくても良いと思います。新しいプログラムが発表されるたびに自分も知らないプログラムが増えていきます。しかし、様々な方法がどんどん改良されているという現実を知っていることと、それらのプログラムの原理を知っておくことは、農家さんの繁殖検診を担当している獣医師として勉強しないといけないなと感じました。
(参考文献)
Jinks EM, Smith MF, Atkins JA, Pohler KG, Perry GA, MacNeil MD, et al. Preovulatory estradiol and the establishment and maintenance of pregnancy in
suckled beef cows1. J Anim Sci 2013;91:1176e85