だいさく NOSAI獣医日記

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卵巣静止に子宮内膜炎が関与している

卵巣静止に子宮内膜炎が関与?!

分娩後発情がこない、妊娠していない場合に直腸検査や超音波検査を実施した結果、その牛が「卵巣静止」と診断したことは、ほとんどの牛の臨床獣医師は経験があると思います。

卵巣静止と診断し、多くの獣医師が行う治療は、GnRH製剤(コンセラール、コンサルタン、スポルネン、フェルチレリンなど)、hCG製剤(人絨毛性性腺刺激ホルモン)、CIDR(膣内留置型プロジェステロン製剤)、PMSG製剤(妊馬血清性性腺刺激ホルモン)を使用することだと思います。

卵巣静止の中で、黄体はないが排卵できる卵胞サイズが存在すればGnRH製剤などで排卵できる可能性があるのですが、排卵するサイズまで育たない場合もあります。そのような牛に対しても、卵胞が育ってほしいからFSHやLH作用のある製剤、またCIDRとエストラジオールを利用したプログラム授精を行う獣医師も多いですし、自分も行っています。

しかしながら、これらの治療を行ってもなかなか治らない、卵巣が動かない、妊娠しないことがあります。

今回は、その理由を考えてみました。

「そもそもなんで育たないのか」、に注目すると、上記のような治療法とは別の治療法を選択する価値があることに気づきました。

それは、子宮内膜炎による卵胞発育障害です。

牛の子宮内膜炎では、Escherichia coli(大腸菌), Trueperella pyogenesが割合として多く検出されます(1,2)。

その中でも大腸菌感染時にはLPS(リポポリサッカロイド)といわれる内毒素(エンドトキシン)が非常に問題となります。

さらには、LPSは卵胞内に高濃度に蓄積しやすいことが報告されています(3)

LPSに関する悪影響は以下のことが報告されています。

LPSは,Toll様受容体4(Toll like receptor 4; TLR4)に捕捉され,初期免疫反応が誘導され、その受容体は顆粒膜細胞に存在し、1〜3mm,4〜7mm程度の未熟な卵胞に特に多く発現している(4)。Toll様受容体4とは、大腸菌も含まれるグラム陰性菌のLPSを認識しそれに対する必要な免疫応答を引き起こす受容体。

②卵胞の顆粒膜細胞に影響を与え、重要な性ステロイドホルモンであるエストロジェンの産生を抑制する(5)

③顆粒膜細胞における黄体形成ホルモン(LH)受容体と卵胞刺激ホルモン(FSH)受容体の遺伝子発現は,低LPS卵胞に比べ高LPS卵胞で有意に低下する(6)

④卵胞発育、さらには卵子の成熟に対して悪影響(7)

⑤分娩後の炎症性子宮疾患が見た目上治癒した後も、LPSは長期間悪さを続ける(3)

卵巣静止には、負のエネルギーバランスに代表する栄養的な問題があることも数多く言われています。

しかしながら、卵胞が育たない、排卵しない、などの卵巣静止の状況であったとしても、卵巣静止はあくまで結果の病態であって、その背景には子宮内膜炎が潜んでいる可能性がいくらかある、ということを少し頭に入れておくことが大事かと思いました。

(そもそも子宮内膜炎自体が背景に栄養が絡んでいることも数多く言われています。)

GnRH製剤、PMSG製剤、hCG製剤、CIDR+E2製剤、などの治療だけでいつまでたっても卵巣が動かない、排卵しない、黄体ができないなど、良くならない牛がいる場合、または治療に反応して卵巣的には治癒したようにみえても受胎にたどり着けないような牛がいる場合は、積極的に子宮内膜炎の検査・治療に入る必要性を感じました。

子宮内膜炎の検査や治療については、今後ご紹介できればと思います。

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

参考文献

  1.  Sheldon, I, M., Noakes, D, E., Rycroft, A, et al., 2002, Influence of uterine bacterial contamination after parturition on ovarian dominant follicle selection and follicle growth and function in cattle, Reproduction, 123, 837-845
  2.  鈴木貴博, 2012, 子宮内細菌感染と子宮疾患治療,  家畜感染症学会誌, 1巻 3号
  3.  真方文絵, 清水 隆, 2017,  ウシ炎症性子宮疾患における生殖機能および免疫応答
    -エンドトキシンの即時的影響とキャリーオーバー効果-,  家畜感染症学会誌
    6巻 4号
  4. Yamamoto N, Takeuchi H, Yamaoka M, et al., 2022, Lipopolysaccharide (LPS) suppresses follicle development marker expression and enhances cytokine expressions, which results in fail to granulosa cell proliferation in developing follicle in cows, Reprod Biol, 23, 100710
  5. Dickson, M,J, Sheldon, I,M, Bromfield, J,J, 2022, Lipopolysaccharide alters CEBPβ signaling and reduces estradiol production in bovine granulosa cell, CABI Agric Biosci, 3, 66
  6.  清水 隆, 羽田真悟, 真方丈絵, 2016,  乳牛における炎症性子宮疾患と卵巣機能,  産業動物臨床医誌, 215-220
  7.  Forresta, K,K, Floresa, V,V, Gurule, S.C., 2022,  Effects of lipopolysaccharide on follicular estrogen production and developmental competence in bovine oocytes, Anim Reprod Sci, 237, 106927