だいさく NOSAI獣医日記

強みをみつけ、チャレンジを与えられる獣医でありたい

超音波検査を用いた卵胞嚢腫の診断(3㎜の考え方)

卵胞嚢腫は、卵巣静止、子宮内膜炎と並び牛の繁殖障害の代表格であることはご存じの方は多いと思われます。

また、卵巣にできる嚢腫は、卵胞嚢腫、黄体嚢腫、嚢腫様黄体とあり、基本的にはその大きい嚢腫が卵胞なのか黄体なのかを区別、診断した上でそれに応じた適切な治療をすることが農家さんの経営にとって非常に重要です。

例えば以下の画像です。

この嚢腫は、卵胞?黄体?

自分もよく遭遇するのですが、この嚢腫30mmほどの大きさですが、卵胞なのか、黄体なのかを診断することに悩ましい時があります。

しかし区別しなければ治療を誤ることになります。

その嚢腫が卵胞であれば基本GnRH製剤、黄体ならばPGF2α製剤と全く別の治療になるからです。

さらに、嚢腫を治療するために、嚢腫のタイプに関係なくホルモン剤を用いた定時授精プログラムを慣例的に利用してしまうと不受胎牛になる確率が高まることが報告されています(1)。

そこで今回は、卵胞嚢腫の診断について自分が誤って決めつけて診断していたことを教えてくれた文献がありましたので紹介したいと思います。

ここで、卵胞嚢腫とは、について少しまとめてみました。

NOSAIの教科書(2003年発行)には、

①直径25mm以上の大型卵胞が1個あるいはそれ以上存在し、7~14日後に再検査時に大きさを増すか変化なく存続している場合あるいは萎縮退行して新たな嚢腫卵胞が形成されている場合、かつ黄体が存在しないもの

②「卵巣及び大型卵胞の卵胞壁に黄体層が存在しないこと、また、乳汁あるいは血液中のP4濃度が全乳では5ng/ml、血漿中では1ng/ml以下であること

と定義されています。

②の血漿中では1ng/ml以下が、ゴールドスタンダードとして定義されています。

①に関しては、現在に至るまで研究が続き少し定義が変化してきており、現在世界中で最も多く利用されている定義は以下のように報告されています(2)

「直径20㎜以上の卵胞が6~10日間持続され、活動的な黄体組織を持たない無排卵性の卵胞」

ここまでは一般的な話ですが、超音波検査を用いて卵胞嚢腫と黄体嚢腫、特に内腔の大きい黄体の場合はその区別をしっかりすることが大事であるとされています。

現在、嚢腫が卵胞性なのか黄体性なのかを黄体から考えて区別する場合、黄体の黄体縁幅(内腔の外側の領域の幅)を使用することが一般的であり、文献ではカットオフ値≧3mmで、その嚢腫は黄体である、と報告されています(2, 3, 4)。

自分もこの3㎜をずっと利用してきました。

黄体縁幅(卵胞壁)が3㎜未満だったら卵胞嚢腫だと。

ところが、今年2023年に報告された以下の文献では、超音波検査で3㎜という基準は利用でき精度も悪くはなく今でも分利用できるものではありますが、カラードップラーを使用し黄体血流面積を測定することがより嚢腫を卵胞と黄体に区別でき精度が高まるとのことでした。

www.journalofdairyscience.org

嚢腫の画像を説明します。

嚢腫の画像。左側:カラードップラー、右側:Bモード超音波。カラードップラーは黄体領域の血流領域を示す。

嚢腫が黄体の場合(つまり血液検査でP4が1ng/ml以上)を陽性、卵胞の場合(つまり血液検査でP4が1ng/ml未満)を陰性、とし、検査で黄体縁幅3㎜をカットオフ値で用いた場合と、黄体血流面積0.19をカットオフ値で設定すると、以下の結果になりました。

sensitivity:感度

陽性を正しく見分ける力(ここでは黄体の牛を正しく検出する力)

specificity:特異度

陰性を正しく見分ける力(ここでは卵胞嚢腫の牛であると正しく検出する力)

PPV:陽性的中率

黄体(P4≧1ng /ml)の頭数 / 検査で3㎜以上の頭数

NPV:陰性的中率

卵胞嚢腫(P4<1ng/ml)の頭数 / 検査で3㎜未満の頭数

Misclass rate:誤分類率

検査結果と嚢腫の区別が一致しなかった割合。

統計学はまだまだ勉強が足りなく、もし内容を間違えていた場合は本当に申し訳ございません。)

つまり、従来のBモードだけの超音波検査を用いて、黄体縁幅を3㎜で区別するよりも、ドップラーを用いることが診断する上では精度が高まるという結果でした

さらにいえば、黄体縁幅と黄体血流面積の両方の試験を行うことで、感度は92%、誤分類率は19.4%と改善されています。

しかしながら、カラードップラーによる血流面積の計算は、現在のところその場でできず事務所のパソコンのソフトを使い計算するものであるため、現場サイドですぐにできるものではないことが問題だと著者は考察されていました。

さらに言えば、診療所にドップラーを導入してもらいたいですが、そもそも導入してもらえるかは簡単ではありません。なので、しばらくはドップラーなしでBモード超音波検査をメインに診断を継続していくつもりです。

自分はこれまで、この3㎜を利用し、特に3㎜未満であったら卵胞嚢腫、と決めつけていました。たしかに間違いではないことがかなりほとんどで、多くの牛で当てはまります。

しかしながら、3㎜は、利用できるけれども絶対の指標・基準ではない、ということを自分はこの論文で感じ、頭には知識として覚えておかないといけないと思いました。

少しでも嚢腫について正しい診断➔治療の流れに自分はしたいし、世の中がそうなれば農家さんへより良い貢献ができると思っています。

最後までお読みくださりありがとうございます。

ドップラー手に入るかな??

 

参考文献

  1.  Abdalla, H., A. M. de Mestre, and S. E. Salem. 2020. Efficacy of ovulation synchronization with timed artificial insemination in treatment of follicular cysts in dairy cows. Theriogenology 154:171–180.
  2.  Vanholder, T., G. Opsomer, and A. de Kruif. 2006. Aetiology and pathogenesis of cystic ovarian follicles in dairy cattle: A review. Reprod. Nutr. Dev. 46:105–119.
  3.  Garverick, H. A. 1997. Ovarian follicular cysts in dairy cows. J. Dairy Sci. 80:995–1004.
  4.  Jeengar, K., A. Chaudhary, S. Raiya, M. Gaur, and G. N. Purohit. 2014. Ovarian cysts in dairy cows: Old and new concepts for definition, diagnosis and therapy. Anim. Reprod. 11:63–73.