だいさく NOSAI獣医日記

強みをみつけ、チャレンジを与えられる獣医でありたい

繁殖和牛の血中セレン濃度を調べてみた

2か月ほど前に死亡した黒毛和種子牛が病理解剖の結果白筋症と診断された件について、対策を練るために、このA農場の分娩前後の繁殖牛を採血してセレン濃度を測定しました。

結果から説明しますと、セレンは十分足りていました。

授乳期の牛 分娩日 分娩前後日数 血漿中セレン濃度(ng/ml)
1 7月10日 16 90
2 6月9日 47 83
3 6月9日 47 87
4 6月1日 55 80
5 6月16日 40 95
妊娠後半の牛 分娩予定日    
6 9月7日 -43 72
7 8月27日 -32 74
8 8月19日 -24 93

教科書的には40以下が問題が起きる濃度、本当に安全な濃度は70以上と記されていました(1)。他の基準も報告されており、50以上を正常値、30~50を境界値、30未満を欠乏値とされています(2)。

また、黒毛和種において、正常な子牛を生んだ母牛と胎子死だった母親の牛のセレンの濃度は差があり、胎子死45.8 ± 16.0 ng/ml、 正常 52.2 ± 8.9 ng/mlだったとのことです(3)。

母牛へのセレン製剤投与による子牛の疾病予防を検討した報告では、Se投与群は分娩時血清中 Se 濃度は 79.5 ± 14.1 ng/ml、無投与の 62.2 ± 5.0 ng/mに比べ上昇し、Se投与の母牛から生まれた子牛では生後1ヵ月後における血清中 Se 濃度の低下が無投与に比べ軽微であったと報告されています(4)。

一方、米国においては、50未満が臨床的欠乏症、50-100が潜在性欠乏症と報告されていますし(5,6,7)、さらにはセレンを特別飼料添加していないコントロール群ですら100を超えている状況(8)ですので、地域によってセレンは差がかなりあるものと思われます。

今回のA農場では、ビタミンE・セレン配合ミネラル固形塩(鉱塩、セレン含有量15㎎/㎏)を昔から置いて牛に自由採食してもらっています。

日本、米国の上記の報告を加味しても、今回のA農場はセレン欠乏が問題を引き起こしている、とは考えられにくいのかと思われました。

死亡した子牛はセレン欠乏が最初の始まり、つまりセレン欠乏が原発、という訳ではなく、実際腸炎が続いていたため母牛から哺乳できず輸液がしばらく続くなど、消耗が続く慢性疾患のためにセレン欠乏に陥ってしまったと考察しました。残念ですが、死亡した子牛に関しては、セレンやビタミンE,CPKやAST、LDHなどを調べていません。しかしながら、セレンは免疫系にも重要な役割を果たすので、腸炎や肺炎が長引く子牛では、血中セレンを調べるか、調べなくても補給することも今後考慮する必要があるかもしれないと感じました。

しかしながら、実際にセレン欠乏が原発で病気が始まる子牛や親牛もいるのも、この地域でもありますので、診断や対策には注意が必要だと改めて感じました。

セレンについて少し調べてみましたが、本記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

参照文献

(1)牛の臨床

(2) 一条 茂, 1993, 家畜におけるビタミンEとセレンの重要性について, 獣畜新報, 46, 109-114

(3)Uematsu, M, Kitahara, G, Sameshima H, et al., 2016,  Serum selenium and liposoluble vitamins in Japanese Black cows that had stillborn calves,  J. Vet. Med. Sci. 78, 1501–1504

(4) 田中真理子ら, 2010,  黒毛和種若齢期子牛の疾病予防プログラムの検討-母牛あるいは子牛へのセレン製剤の活用を中心として-,  J. Japanese Society for Clinical Infectious Disease in Farm Animals Vol.5 No.3

(5)Oldfield, JE. Historical perspectives on selenium. Nutr. Today 2001, 36, 100–10

(6)Herdt, TH.; Hoff, B. The use of blood analysis to evaluate trace mineral status in ruminant livestock. Vet. Clin. N. Am. Food A, 2011, 27, 255.

(7)Ammerman, CB, Miller, SM. Selenium in ruminant nutrition: A review. J. Dairy Sci. 1975, 58, 1561–1577. 

(8)Hall JA, Isaiah, A, McNett, ERL, et al., 2022,  Supranutritional Selenium-Yeast Supplementation of Beef Cows during the Last Trimester of Pregnancy Results in Higher Whole-Blood Selenium Concentrations in Their Calves at Weaning, but Not Enough to Improve Nasal Microbial Diversity,  Animals, 12, 1360.