だいさく NOSAI獣医日記

強みをみつけ、チャレンジを与えられる獣医でありたい

卵巣静止に対して排卵促進剤を用いて排卵させた直後の発情周期は短縮しやすい?

卵巣静止の牛に対して、コンセラールなどのGnRHを投与し排卵誘起し黄体を作る、という治療は牛の臨床獣医師の先生方は少なくても一度は経験があると思います。

さらに、治療した牛が、治療後10日ぐらいで発情が来た、という経験をされている方も多いのではと想像します。

NOSAIのテキスト(古いですがこれがかなり使える良書です)にも以下のように記載されています。

排卵後に形成される黄体は、卵胞の成熟度の程度にもよるが、発育が不十分で小さく早期に退行して、治療後の初回排卵と2回目排卵の間隔が8~15日で正常発情周期よりも短いものが多い」(1)

なぜ、発情周期が短縮してしまうのでしょうか?

排卵促進剤で強制的に卵胞を排卵させたため強い十分な黄体が作れず、早めに退行してしまったから発情周期が短くなった、と以前は理解していましたが、その理解はどうなのかと思って調べようと思って10年ぐらいたってしまいました。

なので、まずは形成された黄体に問題があると想定して、早期に黄体退行するのは何が原因なのか調べてみました。調べるに先立って、まずは黄体退行はどのようにして起きるのかを勉強してみると、PGF2αが黄体を退行させる、だけでは理解がまだまだ不十分なのを痛感しました。

キーワードは、黄体、子宮内膜、オキシトシン、受容体、PGF2α、エストラジオールの6つです。

このキーワードを使って黄体退行を簡単に説明します(2)。

①黄体退行(16-18日)に先立って、第2卵胞ウェーブの主席卵胞が発育する中で卵胞から分泌されるエストラジオール濃度が少しずつ上昇します。

②正常なサイクルの黄体期では、プロジェステロンがこの時期までオキシトシン受容体の発現を抑制しています。しかし、ウシでは12日間のプロジェステロン曝露後にプロジェステロン受容体のダウンレギュレーション(感受性低下)が起きます。ダウンレギュレーション後、エストラジオール濃度に反応してエストロジェン受容体が活性化し、子宮内膜のオキシトシン受容体を刺激、子宮内膜のオキシトシン受容体発現量が増加します。

オキシトシン受容体発現が増加するにつれ黄体からのオキシトシンが作用し、子宮内膜からのPGF2α産生が活発になり黄体へ作用する。

④子宮からのPGF2α分泌が促進される。

⑤PGF2αの作用を受けた黄体はさらにオキシトシンを産生し、それが子宮内膜上にあるオキシトシン受容体に結合し、PGF2α産生を促進します。

①~⑤の流れで、黄体と子宮内膜の相乗・相互関係を続けています。

実際に以下のような構図になっています。

ちなみに、妊娠していた場合、胚の栄養幕細胞から分泌されるインターフェロン-タウ(IFN-τ)と呼ばれる妊娠認識因子のタンパク質が子宮内膜上皮に存在するエストロジェン受容体やオキシトシン受容体の発現を制御することで、子宮からの PGF2αの分泌を抑制し、その結果、黄体は退行せずに維持されます。

上記の①~⑤の中のどれかでも影響を受けるような状況では黄体退行に何かしらの影響を与えることが推察されます。

ここで、なぜ早期に黄体が退行してしまうのかについて、参考になると思われる文献を紹介します。

排卵前のエストラジオール分泌量が少ないとせっかくできた黄体も早期に退行してしまう、という報告です。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

それによると、プロジェステロン非存在下(つまり発情期を模倣)において、高濃度のエストラジオール投与(発情期を模倣)は子宮内膜オキシトシン受容体濃度の低下を引き起こすといわれています。そして、そのオキシトシン受容体濃度の低下程度は、卵胞期(発情期)のエストラジオール濃度と関連しているとのことです。

これを裏付ける1つの報告として、排卵したことがない未経産羊の排卵誘起時にエストラジオールを追加投与すると黄体退行が予想される時期における内因性のPGF2α分泌が著しく減少する、と追記されていました。

つまり、排卵前にエストラジオール濃度が低いと、オキシトシン受容体濃度の低下を抑制できず、子宮内膜からのPGF2α産生も抑制できないため、上記で説明した黄体退行の流れが促進され、発情周期が短くなってしまう、という流れになるとのことです。

しかしながら、このような報告もあります。オブシンク処置を受けた牛において、比較的小さい卵胞が排卵した牛は、そうでない牛に比べ発情期のエストラジオール濃度も低いです(3)。一方、オブシンクで小さい卵胞が排卵すると、排卵後の発情周期全般においてプロジェステロン濃度が比較的低めで推移しますが、だからといって早期に黄体が退行するという訳ではないようです(4)。より小さく排卵した場合はエストラジオール濃度も確かに低いですが(3)、卵巣静止ほどのエストラジオール濃度まで低値ではないので、オキシトシン受容体の発現量を抑制でき、早期に黄体が退行するという流れにはならないのではと思いました。

ここからは自分の想像ですが、卵巣静止でも子宮内膜が浮腫している時がたまにあります。浮腫はエストロジェン/プロジェステロンの比が関係していますので、少しエストロジェンが優位な環境になっているのでは?と想像される時があります。しかし血液などで実際測定したことはありません。ですが、このような場面で排卵促進剤を使用し排卵すれば早期に退行せず正常な発情サイクルを牛に今一度与えることができるのではと想像しています。データをしっかり取っていれば良かったのですが深く意識していなかったので、今後データを少しずつでも取り続ける価値はあるかもと自分は思いました。

卵巣静止に対して排卵促進剤を用いて排卵させた直後の発情周期は短縮しやすい?について、後輩に説明できる程度に調べてみました。実は、卵巣静止とは離れますが、発情周期が短縮するまだ他の要因もあるので、それについても今後ご紹介できればと思います。

最後までお読みいただきありがとうございます。