だいさく NOSAI獣医日記

強みをみつけ、チャレンジを与えられる獣医でありたい

PLテスターと乳汁pH測定器を用いた甚急性乳房炎の早期発見法

この1週間の間に、甚急性乳房炎の牛の治療が2頭ありました。乳牛の診療は若い先生方がほとんど担当してくれているため久しぶりの甚急性乳房炎の診療でした。

そこで、以前に自分が研究していた甚急性乳房炎の早期発見方法が、もしかしたら皆様の役に立てるかもしれないと思い、その内容を僭越ながらご紹介いたします。

「甚急性乳房炎を患った牛は、治療に反応し、たとえ元気になったとしても、乳量が戻らない。」

この言葉を酪農家さんからよく言われます。乳量が戻らなければ乳牛として活躍できないと。しかし、大腸菌などの感染で有名な甚急性乳房炎は、病気の進行が非常に速いので、乳量の損失を最小限にするためには、早期発見、早期診断、早期治療、この3つが重要になります。しかしながら、自分を含めた獣医師は診療依頼の連絡が来てから初めて治療に入れるので、酪農家さん自身による甚急性乳房炎の早期発見、早期診断こそが、この病気に対する早期治療、回復率につながると考えています。
つまり、乳房炎を発見した時に、それが甚急性乳房炎なのかそうでないかを酪農家さん自身で判断する方法を確立し、そしてその乳房炎が甚急性と判断したならば直ちに診療依頼をしていただき早期治療に入る、この流れが機能すれば、乳量の損失を最小限に食い止める一つの方法になると自分は考えます。では、そのために、どうすればいいのでしょうか。

そこで、一つのポイントに注目しました。それは乳汁pH(ピーエイチ、ペーハー)です。ここで通常、乳房炎を発症したら乳汁pHがどう変化するかを説明します。
図1をご覧ください。まず乳房内に細菌が感染すると、その感染した乳房内で炎症反応が生じます。すると局所である感染分房の血管透過性が亢進し、血管内から乳房内に重炭酸イオンというアルカリ成分が漏れてくるため、乳汁は通常の弱酸性からアルカリ性に変化し、乳汁pHが上昇します。その結果、PLテスターは黄色から緑色に変化し、また体細胞も高くなるので凝集も生じます。そこで、もしその乳房炎が甚急性乳房炎だったら、乳汁pHはどう変化するかを考えました。

図1

 

キーワードはSIRS(サーズ)です。甚急性乳房炎とそれ以外の乳房炎(急性乳房炎)の重篤性の違いはSIRSの病態にまで進行するかの違いでもあります。SIRSはSystemic Inflammatory Response Syndromeの略で全身性炎症反応症候群と言われています。例えば、甚急性乳房炎の中で最も有名な大腸菌性乳房炎は、大腸菌が壊された時に出るエンドトキシンという毒が乳房から全身の血管に流れてしまい、全身で炎症が起き、その結果重篤な全身症状を示すSIRSの病態に進行します。つまり、感染分房だけの問題ではなくなり、全身の炎症反応という問題が起きます。よって、SIRSの状態になってしまうと、乳汁pHがどう変化するのかを推測してみました。
図2をご覧ください。まず細菌が感染するところまでは通常の乳房炎と同様です。ここで1つの仮説を立ててみました。それは、「SIRSは局所だけでなく全身性の反応なので、感染分房だけでの問題ではなくなり、非感染分房の血管透過性も亢進し、乳汁pHが上昇、そしてPLテスターは凝集がないにも関わらず、色だけが緑色に変化するのではないか」と。

図2

まずこの仮説を検証するために調査を開始しました。甚急性乳房炎と診断した牛9頭、急性乳房炎と診断した牛32頭の2群で比較しました。初診時にPLテスターを用い、全分房の凝集と色調を観察します。この時に大事なのが説明書通りにPLテスター液と乳汁をシャーレの上で同量(2㏄ずつ)混ぜていただくことです。また同時に、pH測定器で全分房の乳汁pHを測定しました。色調に関しては、色調判定基準(PLテスターの箱に記載されています)の-、±、+、++の順に0、1、2、3とスコア化しました。感染分房と非感染分房に分けて、それぞれの平均値をその牛の乳汁pH値と色調スコアとしました。図3に例を示します。感染分房は左後ろで、その乳汁pHは7.6、色調スコアは3、点線で囲んだ非感染分房の乳汁pHと色調スコアは非感染分房である左前、右前、右後ろの平均値とし、乳汁pH6.67、色調スコアは0.67としました。
 

図3

全体の結果を図4のグラフで示します。非感染分房の乳汁pHは甚急性で6.94、急性で6.73と有意差が認められました。一般的に乳房炎を患っていない牛の乳汁pHは6.5~6.7と記され、感染分房ならまだしも非感染分房の乳汁pHが甚急性の場合6.94まで上昇しているのは全身の血管透過性亢進に関与するSIRSの病態にまで病気が進行している可能性が疑われました。
ではその時、PLテスターの色調スコアの方はどうなのかをまとめてみました。図5のグラフをご覧ください。甚急性が1.35と急性の0.58よりも有意に高い値でした。実際、非感染分房の乳汁pHと色調スコアの相関性を調べたところ、決定係数0.86であることから相関があることが示されました(図6)。つまり、非感染分房の色調スコアが上昇している牛はSIRSの病態に進行していることが推測され、甚急性乳房炎の可能性が高いことが考えられました。すなわち、PLテスターを用いれば、甚急性乳房炎かどうかの判断が発見者である酪農家さん自身でできるということです。

図4

図5

図6

早期発見ができれば、次の早期治療に繋げることができます。そこで重要になるのが甚急性乳房炎を引き起こした原因菌の推定です。なぜなら、乳量の損失を最小限にするためにはその原因菌に適応した治療を行うことも重要になるからです。今回甚急性乳房炎と診断した牛の原因菌は、CF(大腸菌群)2頭、陰性4頭、T.P(Trueperella pyogenes、以前はアルカノバクテリウム ピオゲネスと呼ばれていました。)1頭、OS(連鎖球菌)2頭と、CFだけが甚急性乳房炎の原因菌ではありませんでした。過去の報告でも同じようなことが指摘されていますが、初診時において原因菌の鑑別は難しいとされています。

この診断方法は、牛の状態を推測する方法であり、残念ですが原因菌までは診断できません。それゆえ、どの抗生物質を使用するか等は、今後の課題になると考えます。しかしながら、どの細菌に感染しようとも、「乳量の損失を最小限に食い止める」ための、子宮洗浄や点滴などの積極的な状態改善のための治療が必要かどうかの判断にはなる、と自分は考えます。

この研究を続けようと思っていたのですが自分の診療区域は乳牛が少ないので、ここでは継続が難しいと思い、知り合いの大学の先生に相談したところ、ヤギで実験を行ってくださいました!

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

ヤギの1分房にLPS(リポポリサッカロイド、大腸菌が死滅したときにでてくる毒素)を注入したところ、その分房のpHだけでなく、LPSを注入していない他の分房もpHが上昇しました。ヤギの研究ではありますが、他の分房に注目するという仮説が実証された結果でした。

この病気に対する治療法に関しては世界中の獣医師から素晴らしい治療法が発表され、行われ、多くの牛達の命が救われています。しかし、「乳量の損失を最小限にする」、この目的を達成するためには、いかにどんな最高の治療が行われても酪農家さんによる早期発見なくしては難しいと感じます。

最後になりますが、今回症例数が圧倒的に少なく、PLテスターの非感染分房の色調の変化に注目した本診断は絶対で確実な診断方法とは現時点ではまだ及ばないことをご理解いただければ幸いです。