だいさく NOSAI獣医日記

強みをみつけ、チャレンジを与えられる獣医でありたい

膣内プロジェステロン製剤の留置期間は何日がいい?

牛の繁殖プログラムで使用する膣内に挿入する薬剤で2019年に発売されたプリッドデルタを使用されたい農家さんがいらっしゃったので、自分は初めての使用だったためどんなものなのか調べてみようと思いました。

自分は牛の繁殖で博士号を取得させていただいた人間ですので、繁殖には強い興味があり、さらに博士論文がCIDR(イージーブリード)を使った内容ですので、プリッドデルタには興味がかなりありました。しかし、CIDRで受胎率もそこそこ悪くなかったので、プリッドデルタを使っていませんでした。なので、最近の文献を読んだり、先生方の話を聞いたりして、プリッドデルタはどんな結果を出せるのかを調べてみました。

今回は自分が研究してきた黒毛和種経産牛でお話しさせていただきます。

 

最初に勉強した参考文献です。

引用文献 家畜診療68巻1号 13-17「プロジェステロン・エストラジオール配合剤の牛膣内投与後の受胎成績における要因解析」

試験された牛は、健康牛(長期不受胎などではなく)が用いられていました。このプリッドデルタの最大の特徴が12日間入れて置くだけいいとのことです。抜いたあと2-3日で86.4%の牛で発情が来て、それで授精できた牛は78.4%の受胎率が得られたとのことです。

つまりプリッドデルタで処置された牛は、授精率86.4%×受胎率78.4%で、67.7%と高い妊娠率が得られ、つまり10頭処置したら6-7頭が妊娠できたとのことです(発情が来ないのは1-2頭くらい)。しかも、CIDRやイージーブリードのように挿入時のエストラジオールやGnRH、抜く時のPG、授精前の排卵誘起のためのエストラジオールやGnRHを投与しなくても良いという、人にも牛にも優しいという結果でした。

自分が知る限りこれまでの常識だと、CIDRでは7-9日間の留置期間、その後2-3日で授精ですので、処置開始から10-11日で排卵でした。過去の研究の積み重ねで、卵子の成熟度と卵胞のサイズが受胎性にとって重要であり、それらが良い状態で授精(排卵)を迎えることができるようにするためには、留置期間は7-9日が適切であると考えられてきたからだと思います。そのため、プリッドデルタの添付文書にある12日間は卵子がエイジング(老化)するから受胎率は悪くなるのではと危惧されていらっしゃる方が多いとのことです。しかし、本論文では12日間でも受胎率が非常に高い結果だったので、12日間は老化しているとは考えにくいとのことでした。12日間入れて、2-3日で授精ですので、処置開始から14-15日間で排卵という流れで高い受胎性が得られるという訳です。

このような良い結果が事実としてありますが、世間一般の常識から考えて、やっぱり期間が長いような気がまだすると感じられる先生もいらっしゃるし、自分もまだ疑問が残るのでさらに調べてみました。

 

引用元 pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

この論文では、プリッドの留置期間は7日でしたが、プリッドを処置するときに卵胞を吸引したり、またGnRHで主席排卵することができたら、その1-2日後には新しい卵胞波が出現し早めに発育するので、9日目のGnRHに対して排卵し、受胎率が良いという結果でした。しかし、処置開始時のGnRHで排卵できず、処置開始時のエストラジオール(EB)カプセルによる卵胞の閉鎖から卵胞波の出現を期待した場合は、卵胞波出現は遅れ、9日目のGnRH投与時には卵胞が少し小さい傾向にありそのため排卵できない牛が増え、受胎率が低下したのではという結果でした。

つまり、12日間がいいかどうかはこの論文では不明ですが、GnRHや卵胞を吸引しない場合は、プリッドだけでは卵胞波の発現が遅れ、7-9日間留置では卵胞の発育がまだ途中であるため、挿入期間が短い可能性があるとこの論文からは推測されます。

実際、プリッド(エストラジオールのカプセルがついている)を処置すると、新しい卵胞波は3-5日後に出現すると報告されています1)。

仮に卵胞波の出現を平均4日とし、プリッド処置開始から12日目で抜き14日目で授精(排卵)とした場合、卵胞は出現後10日間、主席性を獲得してからだったら6-7日間で排卵に至る訳なので、この期間は決して卵子のエイジングが進んでしまう日数ではないと考えられます2)3)4)5)。

 

黒毛和種経産牛において、卵子の老化どころか、まだ発育途中にもかかわらず排卵誘起をかけられ、授精されている牛が多いという結果が、自分の博士論文の研究でした。

CIDRを挿入時にEBを投与し(0日目)、8日目に抜き、9日目にEBを投与し(排卵誘起)、10-11日に授精を行う一般的な方法では、処置された牛のなんと6割で、9日目の排卵誘起時の卵胞が小さく、それゆえ授精後3日以内の排卵率が59%と低く、その結果受胎率も40%程度という悲しい結果でした。

つまり従来のEB-CIDRプログラムでは10頭に4頭しか受胎しない低受胎性の牛が6割ほどいるというのが現実でした。

この自分の研究では、卵胞波の出現が何日なのかを調べていませんが、まだ発育途中の段階で排卵誘起をかけられ、授精されている牛が6割と多い結果でした。そのため、卵胞が十分なサイズまで発育するまで排卵誘起を遅らせたところ、受胎率が大きく向上しました。これらを考慮すると、一般的な7-9日の留置日数ではまだ発育途中の卵胞で授精されている牛が多いため、留置日数を伸ばすことによって排卵までの日数も延長することが可能となることが期待できます。実際、卵胞が小さいため排卵誘起を遅らせた結果、処置開始から13-14日くらいで排卵するようになった場合、受胎率は72%と高い受胎率が得られているので、やはり、従来の常識と思われている留置期間の方法では、卵子の発育がまだ不完全な状態で授精されている牛が多いことが疑われます。例えば、8日目のCIDR除去時に6mmの牛では、除去後1日1.5mm程度の速度でサイズを大きくするので、10日目に9mmに達するので主席性は獲得できたものとすると、11日目に10mmを超えてくるので排卵誘起をかけ、12~13日目に授精(排卵)へ向かいます。高い受胎率が得られるのは主席性を獲得してから1~4日という文献もあることから、卵胞が主席性を獲得してから3~4日で授精(排卵)するのが、高い受胎率を得るためには必要であることが自分の研究からも同様のことが考えられました。

プリッド12日間で高い受胎率が得られたのは、卵子の老化の懸念どころか、7-9日間という従来法よりも、卵子がより良い状態に成熟する期間をさらに設けることができたためと自分は推測しました。

 

少しですがまとめてみましたので、これから使用してみたいと考えている獣医さんや農家さん、また既に使用しているけどどのような機序になっているのか不明だった方々の参考になれば幸いです。自分も現場で使用しながら、安定して高受胎性が期待できるかどうかを検討し、まだ疑問が残る卵胞動態を見極めていこうと思います。

今回は黒毛和種でまとめましたが、乳牛ではまた違う反応も示す可能性も記述されていました。よって、乳牛でもまずは実践してみようと思います。

 

参考文献

1)Roche JF. Control of oestrus in cattle using progesterone coils. (1978). Anim Reprod Sci, 1(2), 145-154

2)Austin EJ, Mihm M, Ryan MP, Williams DH, Roche JF. Effect of duration of dominance of the ovulatory follicle on onset of estrus and fertility in heifers. (1999). J Anim Sci, 77(8), 2219-2226

3)  Revah I, Butler WR. Prolonged dominance of follicles and reduced viability of bovine oocytes. (1996). J Reprod Fertil., 106, 39-47

4)  Bleach ECL, Glencross RG, Knight PG. Association between ovarian follicle development and pregnancy rates in dairy cows undergoing spontaneous oestrous cycles(2004). Reproduction, 127, 621-629

5)  Mihm M, Baguisi A, Boland MP, Roche JF. Association between the duration of dominance of the ovulatory follicle and pregnancy rate in beef hiefiers. (1994). J Reprod Fertil., 102, 123-130