だいさく NOSAI獣医日記

強みをみつけ、チャレンジを与えられる獣医でありたい

子牛が娩出された時の後肢吊り下げは必要か?

呼吸を促進するために、生まれた子牛の頭を下にして吊るすという行為。 賛否両論あり様々な記事やホームページでこのことについて解説されていますが、科学的に検証した文献を示している記事を自分は未だ見たことがなく、勉強不足でした。

なので今回は、その行為の是非を説明する成書と検証した科学論文を調べてみました。

あくまで、科学的に検証された情報、という観点からであることをご了承ください。

調べる中で自分が信じる結論は、以下です。

基本は、吊るすのでなく、まず両前肢・両後肢を前方に伸ばし、胸骨伏臥位にし、横隔膜への圧力を軽減すること

(場合によっては30秒程度後肢を吊る。長くは吊らないこと)

胸骨伏臥位とは、を地面につけて腹ばいになる姿勢です。

生まれた瞬間の子牛のほとんどは、片方の胸部を下にした側臥位でしばらくいますが、あえてそのままにせず、その姿勢を90度くらい人為的に起こしてあげ、両方の肺が地面につかないようにする姿勢です。起こしてもまた横になりそうなら寝藁や牧草でブロックします。

人医学においても、体位は呼吸器疾患の有無にかかわらず、成人や新生児の呼吸機能に影響を与え、新生児の体位を変えることは、呼吸機能と酸素化を改善することがよく知られた方法として報告されています(1)。

胸骨伏臥位は、出生時の低酸素血症、高炭酸ガス血症およびアシドーシスを是正するのに役立つ姿勢の本能的な行動適応である可能性が示唆されています(2)。

2021年発行の成書Calving Management and Newborn Calf Care(分娩管理と新生子牛処置)(3)では、以下のように記述されています。

娩出後、子牛を胸骨伏臥位にし、後肢を体の両側に伸ばし、肺が空気で容易に満たされるように横隔膜への圧力を軽減する必要がある。肺が充満し、呼吸運動が明らかになったら、上気道をきれいにする必要があるかもしれない。これは、分娩直後に手で行うか、チューブを取り付けたシリンジで鼻孔と上気道から少量吸引するか、または 注意深く持ち上げ、子牛を約 1 分間逆さに保つ。この姿勢にすることで、上気道および下気道内の体液が重力によって排出される子牛を振り回すのではなく、そっと逆さまにしてゲートの上に置くか、母牛が横たわっている場合は母牛の背中の上に置く。横隔膜が内臓の圧迫をうけると呼吸困難を起こすことがあるため、子牛を注意深く観察する必要がある。

他には、2022年、AABP(American Association of Bovine Practitioners)で「Resuscitation of the newborn calf(新生子牛の蘇生)]としての報告(4)では以下のように記述されています。

子牛が肺を膨らませるためには、かなりの陽圧換気(肺に空気が入ってくる状態)を発生させる必要があるが、頭を下に吊るす状態でこれを行うことはできない。子牛をそのような状態に吊るすと、子牛から液体が出てくることがあるが、この体液は肺ではなく、胃から出ている。生まれて間もない子牛の肺では、液体がゴロゴロと音を立てることがあるが、この体液は間質にあるもので、重力で排出される気管や気管支に溜まっているわけではない。それゆえ、できるだけ早く子牛を胸骨伏臥位の姿勢にする。30 秒間吊るしても、特に悪影響はないが、長時間吊るすべきではない。

この著者であるGeof先生に質問してさらに教えていただいた内容が以下です。

ほとんどの場合、羊水は胃の中に溜まっていると私は思う(私は死んだ新生仔牛を剖検したことがあるが、胃の中に羊水が溜まっていた)。 羊水が気道に溜まっていることもあるが、おそらく肺胞に溜まっていてなかなか排出されないだろう。吊り下げることの最大の欠点は、子牛が肺胞を開いて適切な呼吸を始めるのに十分な大きさの呼吸ができないことである。

2011年、Calf health from birth to weaning. I. General aspects of disease preventionと題して、レビュー論文があります(5)。レビュー論文とは、端的に言えば、あるテーマに関して、過去に行われた研究結果を集めて再検討・評価を行うなどしていますので、歴史をみることができます。この論文では、以下のように記述されています。

出生直後、軽度の胎児性窒息症に罹患している子牛は、頭部に冷水をかけて低体温刺激を与え、その後1分以内逆さまに吊るす(6, 7)。気道が確保されたら、リスクのある子牛は胸骨伏臥位にする (6)。これらの応急処置に反応しない症例では、機械的換気を行うべきである(8)。

このように、危篤状態の新生子牛を蘇生させるために、胸骨伏臥位と後肢による吊り下げが昔(1980年代、1990年代)から推奨されています(8, 9, 10, 11)。

そこで、胸骨伏臥位や後肢吊り下げの効果を検討した研究について紹介します。

参考文献6のベルギーのリエージュ大学の研究で、緊急性ではない正期帝王切開で娩出された新生子牛101頭を調査しました。

子牛は娩出され臍帯断裂直後の体位によって3つのカテゴリーに分類され

①71頭:側臥位で自然に胸骨伏臥位に到達するのを待つ

②16頭:手動で人為的に胸骨伏臥位に到達させる

③14頭:ロープで後肢を吊り下げ、頭を動かすなど反応があった時点で吊り下げを終え、側臥位にし、自然に胸骨伏臥位に到達するのを待つ

その後、時間の経過とともに、血液検査や呼吸機能検査を行った結果・・・・・

出生から胸骨伏臥位までの時間は、後肢を吊り下げられた子牛の方が、側臥位ままの子牛よりもそれぞれ2.7±0.9分、3.7±0.5分と有意に短かい結果でした。

①の胸骨伏臥位と②の90秒未満(平均±SD: 75±5秒(全ての牛で40~90秒))の吊り下げは、肺ガス交換の効率に好影響を与え、PaO2(動脈血酸素分圧)およびSaO2(動脈血酸素飽和度)は、娩出後側臥位のままにしている子牛よりも有意に高く、PaCO2(動脈血二酸化炭素分圧)は低く、またAaDO2(肺胞気動脈血酸素分圧較差)も有意に低い結果であることから、胸骨伏臥位や数十秒間の吊り下げは、肺胞の換気を向上させ、呼吸機能を向上させることが示されました。

また、動脈血HCO3 、 静脈血HCO3 および 静脈血BE において、胸骨伏臥位または吊り下げられた子牛の方が、側臥位のままの子牛よりも低く、動脈血pHが高いことから、これらの子牛は、有意に低いPaCO2 が示すように、肺胞換気が良く、CO2 の換気による排泄能が高いことで、これらの体位は代謝性アシドーシスを補うことにも貢献することが示されました。胸骨伏臥位と吊り下げにより、アシドーシスが改善されたことで、TP(総蛋白)とγグロブリンが側臥位のままに比べ有意に高かったことから、免疫グロブリンの吸収にも寄与していることが示されました。

呼吸機能に関する経時的比較
①lateral:側臥位のまま ②sternal : 手動で胸骨伏臥位 ③hind legs : 吊り下げ

また側臥位のままにした子牛と比較した場合、 後肢吊り下げの子牛のガス交換が改善したのは、おそらく、吊り下げ中に上下の気道から子牛の肺液がより多く排出されたためと考えられるとのことです。このことは、肺機能検査の最初の数回の測定で、後肢を吊り下げられた子牛で観察されたRL(肺血管抵抗)の急激な減少、VT(一回換気量)とCLdyn(動肺コンプライアンス)の急激な増加によって示されています(12)。

呼吸機能における経時的比較②
①lateral:側臥位のまま ②sternal : 手動で胸骨伏臥位 ③hind legs : 吊り下げ


本文献では、副作用を伴わずに最も有益な効果を得るための吊り下げの最適な時間を評価する必要が今後の課題としていますが、これ以降、本研究チームからの報告は見当たりません。また、本研究は、あくまで選択的な帝王切開で生まれた新生子に対する調査のため、自然分娩で生まれた子牛や膣から難産で生まれた子牛に対して全て当てはまる内容ではないですが、参考になる文献ではないかと思います。

今回、成書や科学的に調査された報告を自分が調べられる範囲で勉強する限りでは、吊り下げに関係なく、子牛が可能な限り早めに胸骨伏臥位の姿勢になる(姿勢にする)ことが重要であることは間違いなさそうかと自分は思います。

その姿勢に早めになるための一つ方法として、人為的に胸骨伏臥位にする、また30~60秒程度の後肢吊り下げもその一助になるということを頭にいれておきたいと思います。

多くの方々に役に立ちそうなのにまだまだわからないこと、さらにはだれも突き進めていない分野がまだまだ転がっているのが畜産や大動物獣医療の世界ですので、若い獣医師の先生がたにはぜひともそのようなフィールドにも突き進んでもらいたいなと思います。

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

参考文献

  1. Dimitriou G., Greenough A., Castling D., Kavadia V., A comparison of supine and prone positioning in oxygen-dependent and convalescent premature infants, Br. J. Intensive Care 6, 1996, 254-259.
  2.  Uystepruyst Ch., Reinhold P., Coghe J., BureauF., Lekeux P., Mechanics of the respiratory system in healthy newborn calves using impulse oscillometry, Res. Vet. Sci. 68, 2000, 47-55.
  3. Joao Simones and George Stilwell, 2021, Calving Management and Newborn Calf Care, Springer
  4. Geof W.S., Resuscitation of the newborn calf, 2022, AABP PROCEEDINGS, 55,
  5. Lorenz I., Mee JF., Earley B., More SJ., Calf health from birth to weaning. I. General aspects of disease prevention., 2011, Ir Vet J, 64, 10
  6.  Uystepruyst C, Coghe J, Dorts T, Harmegnies N, Delsemme M-H, Art T, Lekeux P: Sternal recumbency or suspension by the hind legs immediately after delivery improves respiratory and metabolic adaptation to extra uterine life in newborn calves delivered by caesarean section. Vet Res 2002, 33:709-724
  7.  Uystepruyst C, Coghe J, Dorts T, Harmegnies N, Delsemme MH, Art T, Lekeux P: Effect of three resuscitation procedures on respiratory and metabolic adaptation to extra uterine life in newborn calves. Vet J 2002, 163:30-44
  8.  Mee JF: Resuscitation of newborn calves-materials and methods. Cattle Pract 1994, 2:197-210
  9.  Brunson D.B., Ventilatory support of the newborn calf, Compend. Contin. Educ. Pract. Vet. 3, 1981, 47-S52.
  10.  Harvey D., Desrochers A., Adaptations physiologiques, examen clinique et réanimation néonatale chez le veau, Med. Vet. Québec 19, 1989, 114-120.
  11.  Kasari T.R., Weakness in neonatal calves associated with dystocia, Agri-Pract. 10 ,1989, 19-25.
  12.  Mortola J.P., Dynamics of breathing in newborn mammals, Physiol. Rev. 67 (1987) 187-243.