だいさく NOSAI獣医日記

強みをみつけ、チャレンジを与えられる獣医でありたい

人工授精時の排卵促進剤は、受胎率を高めることができるのか?

自然発情時の人工授精時に、排卵促進剤を追加で投与されていますか?

授精現場では昔から良くある話だと思いますが、農家さんから聞かれても自分は本当のところどうなのか、わかりやすく詳しく説明することができませんでした。

「投与した方が受胎率が高くなるのでは?」

「おまじない感覚?」

「投与して悪影響がないのであれば投与した方がいいのでは?」

「卵胞が硬いとき」

など、疑問が残っている点が多くあるのではと想像します。

排卵促進剤とはGnRH製剤のことであり、コンセラール、コンサルタン、スポルネン、フェルチレリンなどが日本では流通しています。

今回ご紹介します文献は、2022年に発表されたもので、

自然発情時での人工授精時において、GnRHの投与は受胎率を高めることができるのかどうか」

についての内容です。

www.journalofdairyscience.org

CIDRやオブシンクなどの定時人工授精では、発情の強さとGnRH投与による受胎率の向上が報告されています(1)。

しかしながら、自然発情の人工授精時におけるGnRH投与の有無と発情強度の違いの関係性が受胎率に及ぼす影響については研究がほとんど行われてません。

 

最初に結論をお話しします!

自然発情の人工授精時にGnRHを投与することで、特に発情の弱い牛の受胎率を高める。

 

本論文の発情の定義は、

脚部装着型歩数計を用いて歩数をモニターしました。無発情期と発情期の差を%で計算し、その数値を集計し牛群の中央値を求め2群に区分、歩数が中央値よりも少ない牛を弱い牛(Lesser Intensity)、多い牛を強い牛(Greater intensity)と定義しました。

卵巣所見は、15mm以上の卵胞が少なくても1個あり、黄体がないもしくは25mm以下、これらを発情と分類しました。

 

(研究の目的)

自然発情の人工授精時にGnRHを投与して排卵促進すると、発情の弱い自然発情牛の受胎率を向上させることができるかを明らかにすること。

 

(仮説)

人工授精時にGnRHを投与して排卵促進すると、発情の弱い牛では、排卵障害が減少し、受胎率が向上するが、発情の強い牛では排卵障害の減少はなく、受胎率向上もない。

 

(対象動物)

ホルスタイン種搾乳牛990頭、合計2709回の発情。

 

(結果)

発情が弱い(Lesser Intensity)牛において、GnRHを投与すると受胎率が向上しました。

しかしながら、発情が強い牛(Greater intensity)に関しては、受胎率の向上はありませんでした。

発情の強さとGnRH投与の有無が受胎率に与える影響

ここで、なぜ発情が弱い牛(Lesser Intensity)に対してGnRH製剤を投与したら受胎率が向上したのでしょうか?

それを調査するためにこの研究グループは排卵を調査していました。

研究グループは、GnRHを投与することによって、発情が弱い牛でも排卵率を向上させることで黄体の機能を向上させ、その結果受胎率を向上させることができると仮説を立てられていました。

そこで、発情後24時間、48時間、7日後に超音波検査を用いて排卵と黄体形成の存在を調べられました。

発情の強さGnRH投与による排卵率への影響

その結果、授精後24時間、48時間、7日目までに排卵した牛の割合が変化し、発情が強い牛のみがGnRH投与による排卵率上昇の効果がありました。

そして、さらに興味深い点がありました。

このGnRH投与による排卵率上昇という変化は受胎率の向上とは関係しなかったという点です。

また、24時間後の排卵状況に関して、発情の弱い牛(Lesser Intensity)は強い牛に比べ、排卵している割合が多かったです。この結果に対して、過去の文献 (2)を参考に考察されていました。

  • 発情が弱い牛は、強い牛に比べ、人工授精時のプロジェステロン濃度が高め。
  • GnRH投与から排卵までの時間に関係する、GnRH投与からLHサージのピークまでの時間には、プロジェステロン濃度が関係している。
  • プロジェステロン濃度が高めの牛は、低い牛と比べGnRH投与からLHサージのピークまでの時間が短い。
  • つまり、発情が弱い牛は、排卵率が低いが、排卵した牛は発情開始から排卵までの期間が短い。

よって、本研究における発情が弱い牛は、24時間までに排卵している牛の割合が多かった。

上記で考察された関係性は、本研究におけるGnRHの投与が、発情発現の強さが異なる牛の間で、発情後24時間、48時間、7日までに排卵した牛の割合が異なった理由を説明できるものだと述べられています。

以上のことから、「自然発情の人工授精時にGnRHを投与することによって、発情が弱い牛でも排卵率を向上させることで黄体の機能を向上させ、その結果受胎率を向上させることができる」という排卵率仮説は支持されなかったと考察されています。

CIDRやオブシンクなどの定時人工授精の場合だと、排卵率の向上が受胎率向上につながることが報告されています(3, 4)。

しかしながら、本論文における自然発情時ではそうではない結果でした。

それゆえ、研究グループはこの関係性を明らかにするためにさらなる研究が必要であると述べられていました。

自然発情時の本論文の発情の強さの定義は、あくまで歩数計を用いたものです。なので、歩数計を用いない発情の強さに関しては少し見方が変わるかもしれません。しかしながら、これまで調査が不十分であった現場でよくある排卵促進剤の使用に関して参考になる文献だと思いました。

 

(参考文献)

  1.  Rodrigues, W. B., A. S. Silva, J. C. B. Silva, N. A. Anache, K. C. Silva, C. J. T. Cardoso, W. R. Garcia, P. Sutovsky, and E. Nogueira. 2019. Timed artificial insemination plus heat II: Gonadorelin injection in cows with low estrus expression scores increased pregnancy in progesterone/estradiol-based protocol. Animal 13:2313–2318.
  2.  Stevenson, J. S., and S. L. Pulley. 2016. Feedback effects of estradiol and progesterone on ovulation and fertility of dairy cows after gonadotropin-releasing hormone-induced release of luteinizing hormone. J. Dairy Sci. 99:3003–3015.
  3. Mehmood, M.U., Qamar, A., Sattar, A., Ahmad, L. and Ahmad, N. 2017. Incorporation of estradiol benzoate to CIDR protocol improves the reproductive responses in crossbred dairy heifers. Trop. Anim. Health Prod. 49, 347–351.
  4. Bridges, P.J., Taft, R., Lewis, P.E., Wagner, W.R. and Inskeep, E.K. 2000. Effect of the previously gravid uterine horn and postpartum interval on follicular diameter and conception rate in beef cows treated with estradiol benzoate and progesterone. J. Anim. Sci. 78, 2172–2176.