だいさく NOSAI獣医日記

強みをみつけ、チャレンジを与えられる獣医でありたい

ビタミンA欠乏と大腸菌性下痢症の関係

わかってはいましたが、馬の繁殖シーズンが始まると、がらりと生活リズムが変わり、如何に睡眠をとるかばかり考えてしまい、なかなか調べたり書いたりする時間がとれず、久しぶりの記事です。

今回は、「ビタミンA」について考える機会がありました。

黒毛子牛生産農家さんで、1年ほど前から、生後10日前後で大腸菌性下痢症と診断する子牛が明らかに増えた農家さんがいらっしゃいました。大腸菌性下痢症と診断した理由は、一気に悪くなる子牛の症状や下痢の質、また家畜保健衛生所の先生方に毎回検査をしていただき、ロタやクリプト、コロナではなく病原性大腸菌が明らかに悪さをしたなという結果があったからです。このような子牛が明らかに増えました。

正直、生まれてくる子牛は体格も立派で胸腺も大きく、血液検査の結果、初乳からもらう免疫の吸収状況も良好であり、さらに分娩房は清潔で、牛床は乾燥し、石灰塗布もされており、キレイにされている方です。

このような状況で、なぜ大腸菌性下痢症が増えてしまったのか?

大腸菌が口に入らなければそもそも感染しない」ので、それだったらこの農家さんは、環境もキレイにされ、子牛も胸腺が大きく初乳もしっかり飲め、そう簡単に大腸菌性下痢症にはならないのではと自分は思い、なぜ増えてしまったのかわからない状態が続きました。

大腸菌が悪さをしているんだなという現状を知ることができましたが、根本的な問題を解決できない状態が続く中、分娩後の牛の初回発情が来ない牛が増え、また授精できても受胎率が以前より低くなってきていたので、その原因を探るための一つとして代謝プロファイルテストを行い、繁殖に影響を及ぼすビタミンAも検査項目に追加し検査しました。(本当は血漿ベータカロチン濃度を調べたかったのですが、1頭8000円!もかかるとのことで断念しました)

その結果、妊娠末期(分娩予定2か月前から分娩予定日)の血漿中ビタミンA濃度がみな低い値なことにびっくりしました!

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成牛の血漿中ビタミンAの正常値は、82~198 IU/dl(1)、宮崎県における黒毛和種繁殖雌牛のビタミンA濃度は、85.1±19.8 IU/dl(平均±標準偏差)と記述され(2)、また黒毛和種繁殖牛では80 IU/dl 未満は低いという報告もあります(3)。分娩時に胎児死だった母牛のビタミンA濃度は80 IU/dlより低い牛の割合が多いと報告されています(4)。

今回、4頭とも80 IU/dl未満であることから、妊娠末期の牛たちはビタミンAが低いと判断して良いと考えました。

そこで、なぜビタミンAが低くなってしまったのか、その理由を考えてみました。

妊娠末期に濃厚飼料の増し餌は行っていましたが、今までビタミン製剤などを補給していませんでした。しかし、最も重要と自分が思ったのが、維持期(妊娠末期でも授乳期でもない)の牛たちも71.9±11.9 IU/dlと全体的に低い値でした。この維持期の牛は、1番牧草と2番牧草併用の乾草主体で、添加剤としてビタミンAの補給はない状態でした。濃厚飼料もそれほど給与しないので、乾草からのビタミンAの摂取が主体であるとなると乾草中のビタミンA含量が重要になりますが、残念なことに調べていません。しかし、牧草が乾燥すればするほどビタミンA含量は少なくなってしまうといわれています。まだ確実ではありませんが、維持期は約5~6か月という長い期間あるので、この長期間欠乏が続くのは非常に影響を与えているのではと推測しました。授乳期はビタミン製剤を給与されていたので、92.4±11.3 IU/dlと正常値の範囲にいる牛が増えました(しかし、繁殖障害の発生率が低いと言われている132 IU/dlにはどの牛も達していませんでした)(5)。

では、実際にビタミンAが欠乏したら体の中では何が起きてしまうのでしょうか?

粘膜や上皮の細胞膜の変性、骨の発達障害、免疫障害、繁殖障害など様々な悪影響を及ぼし、目が見えなくなるのも有名です(6-10)。ビタミンAが不足している親牛から死産で生まれた胎子は、肺、腸、膀胱などの粘膜細胞に異常があったとのことです(11)。

また母牛が長期間不足すると、新生子牛もビタミンA不足になると言われています(12)

発情や受胎など繁殖に対するビタミンAやの話は非常に有名であり、多くの農家さんがビタミン剤を使用し補給されていると思います。ですが、子牛の大腸菌性下痢症とビタミンAの直接的な具体的な関係はあるのかは自分の中では不明でした。

それについて調べていたら興味深い論文を見つけました。

引用元 pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

この論文では、生後2~3ヶ月と、一般的な大腸菌性下痢症の発症時期とは異なりますが、ビタミンA欠乏症の子牛は、大腸菌の2次感染を受けやすい状態になっているということを、血液検査、組織検査、糞便培養検査を用いて証明された内容でした。

この論文において、下痢症とビタミンA欠乏症の関係について以下のように考察されています。

感染によって損傷を受けた粘膜バリアの正常な再生を妨げ、免疫細胞の機能を低下させることにより、免疫能力を損なうといわれています(13, 14)。

それゆえ、下痢症においてビタミンAは、損傷した粘膜上皮の再生を促進し、好中球とマクロファージの食作用活性を高める可能性があり、人の小児において、下痢の発生や期間を減少させると報告されています(15, 16)。また、ラットやヒヨコを用いた研究において、難治性下痢はビタミンA欠乏症と病原性大腸菌の両方に起因する可能性があると報告されています(17, 18)。

本論文ではこれらの症状を示した子牛と母牛への対策として、①親牛にビタミンAを200000 IU(1か月に1回)筋注、②子牛に50000 IU(1か月に1回)筋注と抗菌性物質の投与を行ったところ、回復する子牛が増え、また大腸菌の二次感染を効果的に制御することができたとのことです。

上記の理由から、本論文では、ビタミンA欠乏症が腸の粘膜バリアを阻害し、子牛の免疫力を低下させ、子牛を大腸菌に感染しやすくさせたと結論づけていました。

二次感染と一次感染の違いはありますが、大腸菌に対する感染のしやすさとビタミンA欠乏症の関係という点では、参考にできる論文ではないかと自分は思いました。

そこで、これらの内容を参考にし、今回の黒毛和種子牛生産農家さんでは、維持期の牛たちへの定期的なビタミンAの補給と、妊娠末期~初回授精までの牛たちへはビタミンAの原料となるベータカロチン製剤を開始することにしました。これから生まれてくる子牛たちが、その給与を開始して1か月くらい経過して生まれるので、どのような反応を示すのか観察し効果を検証していく流れです。

繁殖障害対策のために検査したはずの血漿中ビタミンA濃度が、子牛の大腸菌性下痢症の対策につながるかもしれないという、正解かどうかはまだわかりませんがこのチャンスを活かしたいと思います。

 

参考文献

  1. Frye, T. M., Williams, S. N., Graham, T. W. 1991. Vet. Clin. North Am. : Food Anim. Pract. 7: 217–275.
  2. 上松瑞穂. 2017. 黒毛和種繁殖雌牛の血液代謝プロファイルテルト. 臨床獣医. 68-74
  3. Sekizawa, F., Sawai, K., Tanaka, M., Okuda, K. 2012. Relationship between embryo collection results after superovulation treatment of Japanese Black cows and their plasma β-carotene and vitamin concentrations. J. Reprod. Dev. 58: 377–379.
  4. UEMATSU, M., KITAHARA, G., SAMESHIMA, H., OSAWA, T. 2016. Serum selenium and liposoluble vitamins in Japanese Black cows that had stillborn calves. J. Vet. Med. Sci. 78(9): 1501–1504
  5. 明田川寛道. 1994. 血中β-カロチン及びビタミンAが採卵成績に及ぼす影響. 新潟畜試験報. 10: 15-22
  6. See, A.W., Kaiser, M.E., White, J.C., Clagett-Dame, M. 2008. A nutritional model of late embryonic vitamin A deficiency produces defects in organogenesis at a high penetrance and reveals new roles for the vitamin in skeletal development. Dev. Biol. 316(2):171–190
  7. Stephensen, C.B. 2001. Vitamin A, infection, and immune function. Annu. Rev. Nut. 21:167–192
  8. Clagett-Dame, M., DeLuca, H.F. 2002. The role of vitamin A in mammalian reproduction and embryonic development. Annu. Rev. Nutr. 22:347–381.
  9. Gallina, A.M., Helmboldt, C.F., Frier, H.I., Nielsen, S.W., Eaton, H.D. 1970. Bone growth in the hypovitaminotic A calf. J. Nutr. 100(1):129–141.
  10. Donkersgoed, J.V., Clark, E.G. 1988. Blindness caused by hypovitaminosis A in feedlot cattle. Can. Vet. J. 29(11):925–927
  11. Angelov, A. K. 1983. Morphological changes in the placenta and in fetuses in cows with hypovitaminosis A. Vet. Med. Nauki 20: 54–60
  12. Hill, B., Holroyd, R., Sullivan, M. 2009. Clinical and pathological findings associated with congenital hypovitaminosis A in extensively grazed beef cattle. Aust. Vet. J. 87(3):94–98.
  13. Twining, S.S., Schulte, D.P., Wilson, P.M., Fish, B.L., Moulder, J.E. 1997. Vitamin A deficiency alters rat neutrophil function. J. Nutr. 27(4):558–565
  14. Thurnham, D.I., Northrop-Clewes, C.A., McCullough, F.S., Das, B.S., Lunn, P.G. 2000. Innate immunity, gut integrity, and vitamin A in Gambian and Indian infants. J. Infect. Dis. 182(Suppl 1):S23–S28.
  15. Sircar, B.K., Ghosh, S., Sengupta, P.G., Gupta, D.N., Mondal, S.K. 2001. Impact of vitamin A supplementation to rural children on morbidity due to diarrhoea. Indian J. Med. Res. 113:53–59
  16. Barreto, M.L., Santos, L.M., Assis, A.M., Araujo, M.P., Farenzena, G.G., Santos, P.A., Fiaccone, R.L. 1994. Effect of vitamin A supplementation on diarrhoea and acute lower-respiratory-tract infections in young children in Brazil. Lancet, 344(8917):228–231.
  17. Yang, Y., Yuan, Y., Tao, Y., Wang, W. 2011. Effects of vitamin A deficiency on mucosal immunity and response to intestinal infection in rats. Nutrition, 27(2):227–232.
  18. Friedman, A., Meidovsky, A., Leitner, G., Sklan, D. 1991. Decreased resistance and immune response to Escherichia coli infection in chicks with low or high intakes of vitamin A. J. Nutr. 121(3):395–400